あごひげさんへ
森川先輩からのメールより

「至誠、天に通ず」
至誠とはきわめて純粋なまごころ

孟子

至誠、天に通ず、まごころをもって接すれば、
それは天まで通じて、
必ず人を動かすものだ。
 


天地が天地たるゆえんのの本体、本質、これを誠という。別の用語で言えば真実である。この誠という文字も非常に考えられて造られている。偏の「言」は「事」という文字で、その言(こと)(事)の端(は)が言葉だ。要するにこれは事実ということである。創造、クリエーション自体を言という。創造の営みによって創り出されるものが言である。その端、先端が言葉である。だから人間が成長する始まりは言葉だ。モノを言い出すというのが成長の始まりです。

したがって、
生命の自然の発言だから、言葉は「言霊」である。
その中には魂がある。
言、言葉、これを完全に発達させた人間生活、
人間精神、人間人格、人間性というものは美しい。
言い換えれば「言」を完成すること、
それが「誠」という文字になっている。


「東洋人物学」 安岡正篤 致知出版


情足らずして而(しこう)してこれを文(かぎ)るに言を以てす。
その言親しむべからざるなり。
誠足らずして而してこれを飾るに貌(ぼう)を以てす。
その貌信ずるに足らざるなり。
是を以って天下のことは真を尊ぶ。
真掩(おお)うべからずして、これを言貌に見(あらわ)す。
それ親しむべく信ずべきかな。

内実がないのに、これを言葉で飾る。
そんな言葉は親しむことができない。
誠がないのに、うわべを飾ろうとする。
そんな行為は信じることが出来ない。


このように天下のことは真実を尊ぶものである。
内にある真実が掩(おお)うことができなくて、
自然に言動・顔貌に現れてきてこそ、
親しみを信じることが出来るのだ)

呻吟語


畜(たくわ)うること厚ければ発すること遠し。
誠の物を動かすは、慎独より始まる

(誠がたくさん蓄えられていれば、遠くまで現れる。
誠がものを動かすのは、独りを慎むところから始まる)

言志四録


内面の真実こそが人を動かす

佐藤一斉


人を相手にせず、天を相手にせよ。
天を相手にして己れを尽くし、人を咎めず、
ただ己れの誠の足らざるを尋ぬべし

西郷隆盛