幕末の三舟1−1
泥舟、鉄舟、海舟・・・幕末の三舟
の連係プレーが慶喜を救ったのです。

西郷との対面を無事果たした山岡鉄舟。武士の魂である大小を「刀を食らうてしまう」ほどに貧乏だった山岡は、見栄えのよい刀を友人から借り受けて「出陣」します。この山岡という男、身長190センチ体重90キロの巨漢で、恐ろしく剣が立ったらしいです(ドラマでは少し枯れすぎていた感じ)。自ら創設した流派は「無刀流」というから洒落ています。ところでドラマでは、勝海舟が山岡を呼びだし大役を任じたとなっています。西郷の性格を知り尽くした勝海舟が送った「切り札」という点でわかりやすいのですが事実はもう少し複雑です。最初に、山岡に白羽の矢を立てたのは高橋泥舟という男です。遊撃隊(江戸における慶喜の身辺警護に当たる)の隊長をしていた高橋は、直接慶喜から相談を持ちかけられ、山岡を推薦したのです。ちなみに山岡の奥さんは高橋の妹、義理の兄弟に当たります。指名された山岡は大いに困りましたが、誰も関わりたくないから相談にも乗ってはくれません。藁にもすがる気持ちで訪ねたのが勝のところだったというわけです

泥舟、鉄舟、海舟・・・幕末の三舟の連携プレーが慶喜を救ったのです。

 戦う前に敵を知る

慶喜から戦後処理を一任された勝海舟は、山岡に一通の手紙を託します。勝が西郷に宛てた手紙には一体何と書いてあったのでしょうか、興味のあるところです。一説によると、勝の手紙を読んだ西郷は激怒したといいます。内容が謝罪どころか、脅迫だったというのです。それを山岡に持たせたのが勝の作戦だったのです。山岡は持ち前の剛毅無双の性格をあらわに「もし立場が逆で、主君斉彬公がそうなったらお前はどうする」と迫ります。二人の胆力にすっかり打たれた西郷は、慶喜の備前藩預かりの件を内諾し、逆に大久保らを説得して回ったというのです。「戦う前に敵を知る」という点で勝は一枚上手だったといえるでしょう