武士道10−2
武士道における忠義 2

武士道の道徳律として義、勇、仁、礼、誠、名誉、があるが、これらは儒教思想に基づくものであり、武士階級だけでなく、他の階級の人々と共通すべき倫理である。

忠義(主君や国家に対する忠義、忠節)は、武士だけに求められる徳目であり、封建社会を特徴づけるものである。

西洋の個人主義は父と子、夫と妻に対し別々の利害が認めるられるので、人が他に対して負う義務は著しく減弱される。しかし、武士道においては、家族、そして広くは組織と、その成員の利害は一体不可分なのである。それは、愛情、自然、また本能的なものである。。そして愛する者のために死ねるとすれば、それは何のためであるか、私はそれを天に対する忠義と考える。

「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」
:「日本外史」頼山陽

日本の武士道物語には、以上のような「忠」「義務」と「孝」「人情」との衝突、ジレンマを描く者が少なくない。しかし、武士道においては、忠を選ぶのに躊躇することはないのである。これが、武士道における忠義というものであり、中心的な徳目であった。

諌言(目上の人の非をいさめること)の必要性につき「君たる道にはずれ…・・私の身の行いや領国の政治について、諸事大小によらず少しでも良くないこと。又は各々の存じ寄ることがあれば、遠慮なくそのまま私に直言して欲しいと思う」と明君は述べる。そして臣下に対して節義の士たるべきことを求め「節義のたしなみとは、口にいつわりを言わず、利己的な態度を構えず、心は素直にして外に飾りなく、作法を乱さず、礼儀正しく、上にへつらわず、下をあなどらず、他人と交わした約諾を違えず、人の患難を見捨てず、…・・さて恥を知て首を刎(は)ねられるとも、おのれがすまじき事はせず、死すべき場をば一足も引かず、常に正義と道理を重んじ、その心は鉄石のごとく堅固であり、また温和慈愛にして物のあわれを知り、人に情けあるを節義の士とはもうすのである」
:「明君家訓」室鳩巣

武士の社会はタテ社会であるから、主君・上位者の命令、彼らへの忠義は絶対的である。しかし、主君の気まぐれの意志、もしくは妄念邪想のために自己の良心を犠牲にする者に対しては、武士道は低い評価を与えた。

佞臣(ねいしん):腹黒いおべっかをもって気に入られる事を求める悪者
寵臣(ちょうしん):卑屈なるおべっかによって主君に気に入られようとする臣下

は、賤(いや)しめられたのである。さらに明君(人格の優れた主人)への臣下の諌言を求めたのである。

いま「武士道」を読む  志村史夫 丸善ライブラリー