子育て
励ますことのむずかしさ

囲の人を見返そうとして子供を「励ます」親は、子供の力を信じないので、子供が失敗をし続けているとき子供を励まし続けることはしません。それどころか子供の失敗にいらだち、子供の才能の限界に怒るのです。
励ましが必要なときに、人はその人の側から逃げていき、励ましが必要でないときにその人のもとに寄ってくることが多いのです。
励ましが必要なのは失敗したときです。子供が失敗し友達が逃げて行くときこそ励ましが必要です。そして賞賛や、尊敬をしつように求める人はそれが得られないと今度は子供で勝負しようとするのです。子供は何が好きか、何に向いているかなどは関係なく子供を成功させようとするのです。
そのような親に、子供を励ますことは出来ません。
自分自身の潜在的能力を、自分自身が成長するために使わないで他人を操作するために使う人がいます。そのような親は子供を励ましているようで実は子供を操作しているということがよくあります。励ましを操作の手段として使うのです。しかし、それは励ましではなくお世辞です。子供を励ますということは、子供がしたいことを励ますのであって、親が子供にさせたいことを、やるように励ますのではありません。
子供を自分の望むように変えようというのではないのです。子供をありのままに受け入れるためには大変な忍耐力、寛大さが必要です。子供の才能に非現実的な期待をかけたりしないことなのです。あるいは子供のすること、言うことに「そんな下らないこと」とか、「そんな馬鹿らしいこと」などと言わないし、思わないことでもあります。自分の考えている子供像を子供に押しつけないということです。
励ましに必要なのは寛大さです。子供の現実を受け入れ、その上で励ますときに、それは子供に自信を与えるのです。

励ましで
氣をつけねばない三ヶ条

1.励ましのつもりが脅しにならないようにすること

子供に強く優れていることを期待しながら、その裏で強く優れていなければ愛さないという姿勢、雰囲気、態度は子供に自信ではなく、ストレスを与える。自信どころか不安にさえなってしまう。

2.励ましが自信を失わせることのないように

恐怖心が強い親は、子供が何かするのが怖くて仕方ない。子供が木登りをしていれば、あぶない、と言ってやめさせ、子供がガラスに近づけば、壊れるからあぶない、といって叱り、火に近づけば火傷をすると大騒ぎをする始末です。そうすると子供は自分のすることで安全なものは何もないと信じるようになり、大人になって自分で何かを決めるとき大変な困難を感じるようになる。

このような親が一方で「勇敢であれ、勇気を持って行動しろ」とか「勉強しろ、働け、努力しろ」と言いながら、他方で普通の子供なら誰でもするようなことにたいしてまで「あぶないからやめなさい」という禁止令を出す。子供は2つの矛盾した指令の中でそれをどう解決していいかわからなくなります。「子供に自己実現(自分の潜在能力を発揮すること)させることが親にとって最も大事である」そのためには「両親の役目は、第一に子供を危険から遠ざけておくことでなく、怪我をしたときに備えて、バンドエイドを十分に持って、子供のやることを見守ってやることである」

3.非現実的な励ましをしないこと

本当にその子の素質、適性を考えて励ます。いきなり高い目標を掲げたりせず、次第次第に目標をあげて成功が成功を呼ぶような励ましが大切です。「楽観主義は、現に説得力があれば非常に役立ちます。だから現実的な目標を目指すことですね。その子がもし六位が精一杯であれば、六位を目指せと私は言います。友達が今二番手のビン洗いだったら、明日は社長になれるなんて言わないことです。信じなかったら何もなりません。一番のビン洗いになれと言ったら猛烈にがんばるでしょう。息子が前回の試験で可をもらったら、今度はきっと良になれると言ってやるのです。」

アメリカインディアンの教え:加藤諦三:ニッポン放送プロジェクト