子供の教育
子供の徳性と鍛錬

子供の特性の最も本質的・根源的なものは、第一に明るいということ。人間が光を愛する。これは宇宙開闢(かいびゃく)・天地創造とともに生じたものです。我々はまず光明を愛します。明るいと同時に浄(きよ)いということ、清(さや)かということ、朗(ほが)らかであること、清く赤き心、清けき心。これは古神道の根本原理で、人間の子供も、これを根本徳とします。だから、子供は常に明るく育てねばならない。明るい心を持たせ、清潔を愛するようにしなければいけない。それから素直(すなお)ということ、真っ直ぐということ、即ち「直き心」、仏法でも「直心(じきしん)」という。真心が人間を創る道場です。

次に忍耐。忍耐をなぜ必要とするか。天地は悠久である。造化は無限である。したがって人間も久しくなければいけない。物を成してゆかねばならない。それは仁であり、忠であり、愛であるが、それを達成してゆくものは「忍」である。
愛といえば、また「敬」がたいせつである。愛は人間に至って特に敬を生じ、恥を知るようになった。そこから宗教も道徳も発達した。そういう徳は、諸徳の中で最も根本的・本質的なもので、これらを子供のうちから豊かに養っておかねばいけません。
根本的には、やはり若いときほど生命力が、特に6〜7歳から13〜4歳、せいぜい16〜7歳くらいまでの間が一番旺盛であります。眼力というものも、10歳くらいが一番強い。記憶力も10〜12〜3歳が一番旺盛で、それをすぎると衰えてくる。注意力も10歳前後が盛んです。それから想像力・連想力、こういうものも10歳前後が旺盛です。

子供は容易に物事に熱中します。そうして、大人から言うと、奇想天外のようなことを子供はよく言ったり考えたりします。とんでもないことをよく記憶します。白紙に字を書くように記憶の頁に印するのです。もし記憶が悪ければ、それは注意力が足りないのです。注意させなかったのであります。子供を本当に導いて、あるものに集中させたら、子供はよく覚えます。その意味において子供時代ほど叩き込まねばならない。ところが、なんぼ叩き込んでも、鍛錬陶治しても、子供の生命力は旺盛ですから、大人のように疲れない。疲れてもすぐ回復する。だから難しい技芸なども、子供の時に仕込んでおかないとだめであります。甘やかして育てられた甘えっ児というのは話になりません。
植木を栽培しても、ふらふら伸びるままに蔓(つる)を伸ばしておいたら、皆だめです。咲くがままに花を咲かせ、なるがままに実らせたら、だめです。適当な時期に剪定(せんてい)し、枝葉を払う。そうして花でも実でも間引かぬと、即ち果断・果決がないと良木にならぬ。美果を結ばぬ。よい花を着けない。植物でも、動物でも、人間でも同じことですが、鍛錬陶治しないで立派に成長する事は絶対にない。甘やかしたら、すべてだめです。したがって躾、慣習というものが大事なのです。この徳性というものと、良い躾、即ち良慣習というものが相俟って一切の才智芸能をも発達させるのです。

運命を開く 安岡正篤 プレジデント社