昔の遊び1
子供の遊び
日本人の忘れ物
遊ばなくなった子供は、いくつもの大きな忘れ物をしている。
なにしろ遊び相手という、対人関係がなくなってしまったのだ。人間は相手との往復関係の中でどんどん成長していく。それがなくなることは、成長がゆがめられることを意味する。遊び仲間には年上の子もいるし同年、年下の子もいる。その中で成長するはずの、大きな教育の場を失ったということだ。しかも遊びでは原則として実力本位だから、強いものが勝った。そのためにいろいろ工夫した

ベーゴマという遊びがあった。コマを回して相手のコマをはじき飛ばせば勝ちである。だからコマのまわりを削り、鋭くとがらせておくと強い。いかにも勝負強そうな悪ガキは、精悍な形をもったコマを作り上げては、ちらちらと見せた。

正月には近所の草原に集まって凧をあげた。凧の本体だって作ることもあったが、店から買ってきた凧にしても、新聞紙を細長く切ってつないだ尾をどれぐらいの重さや長さにすればよいか、様々な工夫がいった。軽いときりもみになって落ちてしまう。もちろん重いとあがらない。風が少ないときは走ると多少あがる。しかしそんなことをするのはガキっぽくてこけんにかかわる。年かさの子は年かさらしく悠然とかまえながら、しかし立派にあげるのである。

メンコという遊びは一番人気があった。自分のメンコを地面にたたきつけ相手のものを裏返しにしてしまう。すると自分のものになる。そのためにはメンコに威力がなければならない。密かに蝋を塗って重みと力をつける。

竹とんぼなどは、まさしく手作りだった。竹を切って軸と羽を作り、くるくる回して高く飛ばす。よく飛んだ方が勝ちである。竹とんぼは軸穴が大事で、大きすぎるとまったく飛ばない。狭くても引っかかる。ほど良さがコツだ。そして羽の削り具合が絶妙で、羽の薄さ、カーブの付け方がすべてを決定する。こうした高級なことは、とかく都会っこは苦手だった。このような遊びには手作りの創意工夫が必要で、作り上げたものには大変な愛着があった。なくなればまた買えばいい、といったものではない。しかもこの創意工夫は勝負という対人関係から出てくる。つまり人間関係から生まれる「対話」のなかで、子どもはそれぞれより上等な立場を作っていくことにしのぎを削るのだから、ひとり遊びで無言の塀にボールを投げつけているのとは、わけがちがう。どうしたらメンコを一枚でも多くとれるか。それをつまらないことというのは当たらない。

勝負という「対話」をはげしく交わしながら自分を訓練していくところに、昔の遊びの値打ちがあった。

「日本人の忘れ物」中西進 (株)ウエッジ より