人間とは
人間の一生
日本人は「よろずの道、ついに神道に
帰すべし」と、いうことらしい。

人生の大則 安岡正篤 プレジデント社


 論語に「吾、15にして学に志し、30にして立ち、40にして惑わず、50にして天命を知る。60にして耳順(耳にしたがう)、70にして心の欲するところに従って矩(のり)をこえず」とあるが、孔子だからそのようにいくのであり、我々、凡人、俗人のことではないと思う人がいるとおもう。


 そうではない。これは人相応に、誰でも通る道なのである。馬鹿は馬鹿なり、賢は賢なりに…これが人の道なのである。学生・青年時代はたいてい有耶無耶(うやむや)であるが、年の30にもなると、「30にして立つ」で、何かしなくてはいけないという気になって、職に就く。これは30にして立つである。若い時はガールフレンドだの、ボーイフレンドなどと言っているが、30にもなると、女房とか亭主とかいうものをきちんと決め、家庭をつくる。毎日夕方になって灯がつくと、どこかへ行ってコーヒーを飲むとか、ビールを飲むとか、バーだ、カフェ−だという所をほっつき歩くことも許されない。家も仕事も放っておかぬ。今日はどこへ行こうかというようなことでは暮らされない。仕事にしても、俺は何に向くのかわからんといって人世をうろついていられない。やはり30ともなれば、役人になるとか、会社員になるとか、銀行員になるとか、学校の先生になるとか、何か決めないと納まらない。馬鹿は馬鹿なりに、鈍は鈍なりに立つ。立つには立つが、まだどうもはっきりしない、自信ができない。新たな疑問や苦悩に惑う。

しかし、これまた馬鹿は馬鹿なりに鈍は鈍なりに、40という声がかかると、自分は、人世は、こんなものだという一つの解釈に到達する。商人になれば、商人とはこういうもの、教師になれば、教師とはこういうものと、だいたいある程度の「不惑」に達する。

 そして50になると「命を知る」。命というのは絶対的作用である。どんなのんきな者でも、理屈の多い者でも、職業人となり、家庭人となり、50の声がかかれば、自ら結論らしいものを持つようになる。若いときいろいろ空想を描いておったのと違って、わしもこういう人間だ。このへんがわしの精一杯のところだ、こういうところに満足を覚えるという限界点、その人間の絶対境に到達する。やがて何年かすると定年がやってくる。これは50にして惑わずである。俺もいろいろ考えたが、もう先は分かっている。このうえは倅に待とうというようなことにもなろう。その倅もあながち当てになるものでもない。天なり、命なりであきらめて、植木を楽しむとか、盆栽を愛するとか、茶をたてるとか、なんとか安心立命を求める、つまり絶対性に到達する。積極的と消極的と、また内容も違うが、とにかく命を知る。

 そうして60になれば、耳順、耳にしたがうという。いままで納得ゆかぬことやら、しゃくにさわることばかり多かったが、そういう「我(が)」というものがとれてきて、素直に人の言うことも聞くことができ、物を包容できるようになる。

 そして70ともなれば「心の欲する所に従って矩(のり)を越えず」で、やはり自然に法則・真理にも従うようになってくる。今まで大飯食らっていた男も、昼に鰻を食って、夜、天ぷらをたらふく食うというわけにはいかない。そういうことはいけないと自身の生理がが教える。
若いときにはなかなかそんな生理・養生などということには従わない。つまり矩(のり)に従わない。しばしば矩(のり)をこえて、貧色したり大酒したり、無理をやるが、その年になってみると、身体そのものが理に従わねばならぬようになる。衰えると言うと情けないが、老いるということは自然に近づくということであり、自然に近づくということは、真理に近づくということである。それだから真理に反した、肉体でいうならば、生理に反した、そんなあくどいものをむやみに食ったり、刺激の強いものを飲んだりして、愉快になるというような事ではなくなる。やはり淡泊なものがよくなる。これは心の欲するところに従って矩をこえずである。

矩(のり)
1.直角に曲がった定規、さしがね
2.法則、おきて
不惑
1.40歳のこと