指導、稽古 3
聞かせる、拭き掃除

王 陽明

黙出版株式会社 安岡正篤



聞かせる

人間の能力というものは、
平生、暗々裡に受け取っておくのは
大変いいことである。

子供のときから、
わかってもわからんでもいい、
聞かしておくということは、大変意義がある。

素読などはそういう意味でも、
決して軽視することのできない、
軽々しく取り扱うことのできない、
非常に大事なことであります。

何でもいいから、
子供のときに真理を聞かせておく、
道を聞かせておくということは、
時が来ると、立派に、根から吸収したものが
花になり実になるように、
いろいろの知識や行動になって表れる。


この文章は、修空館道場の各種行事パンフレット
作成の際に、よく使わせていただいています。


拭き掃除

人間は足腰というものが大事である。
足をなぜ「足る」と読むか、
腰抜けと言って、人を罵倒するのは何故か。

肝心(腎)要ということは肝臓と腎臓と腰ということだ。
腰というものはそういうふうに、
肝臓と腎臓と同格で大事であって
「要」というのは腰という字で、
あとになって肉月をつけて腰という漢字になった。
だから人を罵(ののし)るのに「腰抜け」というが、
あれは名言である。

腰が抜けると、上半身と下半身との連絡が悪くなるから、
本当に駄目になってしまう。

足は「足る」と読むぐらい、
足というものは全身の生理・健康に、
最も関係が深いので、足が丈夫であれば、
健康はそれでだいたい良い。だから「足る」と読む。
だから、足腰が大事なのである。

そのために禅家では坐禅と同時に掃除をさせる。

掃除でも竹箒(たけぼうき)を持って立ってする
掃除はあまり役に立たない。

拭き掃除に限る。尻をふりたてて、
そうして長い廊下を雑巾をもって拭く

これは非常な薬で、どんな神経衰弱で、
いかなる妄想に耽(ふけ)ってる奴でも、
これをしばらくやったらすぐ治る。

「一掴一掌血一棒一条痕」
(いっかくいっしょうけついちぼういちじょうこん)

一度掴(つか)んだらそのものに血の手形が着くぐらいに掴め、
一本ピシリッと打ち込んだら、一生傷跡が残るほど打ち込め

うろうろするな、へろへろするなということである。